取引先との電話を終えて、私はぐっと伸びをする。
耳につけていたイヤホンを外すと、急に周りの雑音が大きくなった気がした。
「はぁ……やっぱり今日は、在宅で働く人多いのねぇ」
季節外れの暴風雨。その影響で、自宅で仕事を余儀なくされている人も多いみたい。
マンションはいつもより、人の気配が多かった。
私は仕事のキャンセルが出た後、なんとか単発の仕事を見つけられた。貯金も一応あるし、すぐに路頭に迷うことはないけれど、長引けばどうなるか分からない。
「それに……玉口君も、木下さんからも、連絡なくなっちゃったし」
2人とも、仕事が忙しいのだろう。
木下さんは会社を立ち上げているし、なおさらだ。
それに玉口君については……ちょっと連絡が取りづらいと思う。1晩経って冷静になった後、やっぱり、自分のイライラを彼にぶつけてしまっていたことが分かった。あのドラッグストアでの1件以来、玉口君からここ1週間ほど連絡は無い。
連絡がなくなってやっと、3日に1度は玉口君とメールやLINEでやり取りをしていたことに気が付いた。
「……なんであんなこと、しちゃったんだろう」
大学の同期にだって、あんな風にイライラした気持ちをぶつけたことはなかった。あったとしても、妹に愚痴を言った時くらいのものだと思う。
それを、玉口君に、思い切りぶつけてしまった。
思えば……玉口君もフリーランスとして働き始めていたから、彼なら『仕事が急にキャンセルされた時の不安』を『分かってくれる』と思っていた。でも彼が『失敗したことが少ない』と言い出して……そこにも、イラっとしてしまったんだ。
机に顔をつけて、ため息を吐く。
「どうしよう……」
謝りたい、と、思ったけど……。
「考えたら私、謝った経験、あんまりない……?」
思えば……フリーランスとして働きだすより前、私は会社でも学校でも、基本は人の顔色をうかがって生きてきた。長女で、妹たちに向けられる感情と、自分に向けられる感情が違うことを理解するのも速かったから……。
それで、怒られる経験が少なくて、アパレル企業に事務員として就職した後も……何かと危険はスルーしていたから。
「それでスキル不足になっちゃったんだよね……。そっか、スキル不足って、仕事だけじゃない。コミュニケーションも、そうなんだ……」
でも。
反省したら、動きだす。これは、この1年間、フリーランスとして働いてきて、学んだことだ。
それに私はもう、スキル不足に焦っていただけの自分じゃない。
「よしっ!」
まずは玉口君へ、メールを送る。内容は『この前はイライラしてごめんなさい』というものだ。
彼も仕事中かもしれないし、返事が来るのは夜かも。
送信ボタンをタップして、目を閉じた、その時だった。
「わっ。今日もしかして、家にいるのかな……?」
なんと、3秒もしないうちに返事が来た。
なんだか気恥ずかしくなりながら返信を見ると『1週間前、先輩に酷いこと言ってしまいました。すみません』という内容のメールだった。
「……これって、もしかして」
今使ったのは、LINEじゃなくてメールだ。メールなら開封して中身を見て、それから返信するから……文章を打つことも考えると、もっと時間がかかってもおかしくない。
ならこれは、全く同じタイミングで、同じように相手に謝ることを考えて、メールを送ったってことになる。そう気が付いて、顔が真っ赤になった。今、ほんの数分前、玉口君も私のことを考えていたんだ。
「考えていて、くれたんだ……」
どう返信していいか、分からない。
そうこうしていると、玉口君からまたメールが来る。
「『先輩も、同じことを考えていてくれたんですか』って……っ、ど、どうしよう。……どうしよう」
びっくりするくらい、嬉しくて仕方がない。
分かってもらえたことが、考えてもらえたことが、とても嬉しい。
部屋の真ん中で立ち尽くす私に、びっくりした様子で飼い猫のピケが『にゃん』と鳴いたのだった。