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てくてくフリーランス優美(第23話)

てくてくフリーランス優美

 取引先との電話を終えて、私はぐっと伸びをする。
 耳につけていたイヤホンを外すと、急に周りの雑音が大きくなった気がした。

「はぁ……やっぱり今日は、在宅で働く人多いのねぇ」

 季節外れの暴風雨。その影響で、自宅で仕事を余儀なくされている人も多いみたい。
 マンションはいつもより、人の気配が多かった。

 私は仕事のキャンセルが出た後、なんとか単発の仕事を見つけられた。貯金も一応あるし、すぐに路頭に迷うことはないけれど、長引けばどうなるか分からない。

「それに……玉口君も、木下さんからも、連絡なくなっちゃったし」

 2人とも、仕事が忙しいのだろう。
 木下さんは会社を立ち上げているし、なおさらだ。
 それに玉口君については……ちょっと連絡が取りづらいと思う。1晩経って冷静になった後、やっぱり、自分のイライラを彼にぶつけてしまっていたことが分かった。あのドラッグストアでの1件以来、玉口君からここ1週間ほど連絡は無い。

 連絡がなくなってやっと、3日に1度は玉口君とメールやLINEでやり取りをしていたことに気が付いた。

「……なんであんなこと、しちゃったんだろう」

 大学の同期にだって、あんな風にイライラした気持ちをぶつけたことはなかった。あったとしても、妹に愚痴を言った時くらいのものだと思う。
 それを、玉口君に、思い切りぶつけてしまった。

 思えば……玉口君もフリーランスとして働き始めていたから、彼なら『仕事が急にキャンセルされた時の不安』を『分かってくれる』と思っていた。でも彼が『失敗したことが少ない』と言い出して……そこにも、イラっとしてしまったんだ。

 机に顔をつけて、ため息を吐く。

「どうしよう……」

 謝りたい、と、思ったけど……。

「考えたら私、謝った経験、あんまりない……?」

 思えば……フリーランスとして働きだすより前、私は会社でも学校でも、基本は人の顔色をうかがって生きてきた。長女で、妹たちに向けられる感情と、自分に向けられる感情が違うことを理解するのも速かったから……。

 それで、怒られる経験が少なくて、アパレル企業に事務員として就職した後も……何かと危険はスルーしていたから。

「それでスキル不足になっちゃったんだよね……。そっか、スキル不足って、仕事だけじゃない。コミュニケーションも、そうなんだ……」

 でも。
 反省したら、動きだす。これは、この1年間、フリーランスとして働いてきて、学んだことだ。
 それに私はもう、スキル不足に焦っていただけの自分じゃない。

「よしっ!」

 まずは玉口君へ、メールを送る。内容は『この前はイライラしてごめんなさい』というものだ。
 彼も仕事中かもしれないし、返事が来るのは夜かも。
 送信ボタンをタップして、目を閉じた、その時だった。

「わっ。今日もしかして、家にいるのかな……?」

 なんと、3秒もしないうちに返事が来た。
 なんだか気恥ずかしくなりながら返信を見ると『1週間前、先輩に酷いこと言ってしまいました。すみません』という内容のメールだった。

「……これって、もしかして」

 今使ったのは、LINEじゃなくてメールだ。メールなら開封して中身を見て、それから返信するから……文章を打つことも考えると、もっと時間がかかってもおかしくない。

 ならこれは、全く同じタイミングで、同じように相手に謝ることを考えて、メールを送ったってことになる。そう気が付いて、顔が真っ赤になった。今、ほんの数分前、玉口君も私のことを考えていたんだ。

「考えていて、くれたんだ……」

 どう返信していいか、分からない。
 そうこうしていると、玉口君からまたメールが来る。

「『先輩も、同じことを考えていてくれたんですか』って……っ、ど、どうしよう。……どうしよう」

 びっくりするくらい、嬉しくて仕方がない。
 分かってもらえたことが、考えてもらえたことが、とても嬉しい。

 部屋の真ん中で立ち尽くす私に、びっくりした様子で飼い猫のピケが『にゃん』と鳴いたのだった。

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