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てくてくフリーランス優美(第16話)

てくてくフリーランス優美

 いくつかの画像の調整を終え、今日の仕事はひと段落した。私は椅子に背中を預け、天井を見上げる。

 結婚したかったのかな。それとも付き合う?。それとも……。

(結局、篠田さんの本当の気持ち、分からなかったな……)

 あれから篠田さんとは、メールやSNSを通した、文章でのやり取りしかしていない。不思議なもので、文章だと考える時間があるせいか、お互いに冷静さを保っている。

「えーと……うん、メールもないし、返信するやつもないし、よし」

 飼い猫のピケが寝起きの眼をもにょもにょ、前足でこすっている。それをすかさずスマホで撮影して、私はブログ記事にそれを使うことにした。

 篠田さんのことから数日。

 落ち込んでいる自分に気が付いて、新しいことに目を向けるためにブログを始めた。

(うーんと……どう書きだそうかな)

 ブログって、正直言って簡単だと思ってた。
 自分が思ったことを書いて、発信する。SNSがちょっと長くなっただけでしょ、って感じ。

 でもやってみたら、これが難しい。

「うう……どうしよっかなぁ」

 考えてみてもなかなか良い案が浮かばない。
 そもそも、何か伝えたい事ってなんだろう。自分が思ったことって、なんだろう。

 そんなことを考えだすと、どんどん書けなくなる。

「……よし、買い物行ってリセットしよ」

 そう思って鞄を背負い、外に出た。スーパーまでは歩いて5分くらいで、すぐに耳なじみの良いBGMが響いてくる。

「あれ、優美じゃん」
「武! 久しぶり」

 大学の同期で、このスーパーの社員の武が丁度働いていた。
 ニカッと笑った歯が白くて、こんがり焼けた肌とのコントラストが眩しい。そう思ってしまうのは、職業病みたいなものかもしれない。

「最近どう?」
「色々あったって感じかな。あ、そうそう、ブログ始めたの」
「へー! 俺もブログやってるんだよ。スーパー店員の独り言、みたいな感じの奴」

 笑った武に、目を丸くする。

「仕事のこと書いてるの?」
「分かる様には書かないさ。『この野菜は今が旬だからこんな風にアピールした!』っていうの書いてるんだ」

 眼からうろこが落ちる思いだった。
 フリーランスとして働くようになる前も、後も、基本的に取引先のことを話す機会は少ない。もちろん実績として紹介しても良い仕事はアピールするけど、そういう中で感じたことをブログで書くなんて、思っても見なかった。

「そっか……そういう書き方もあるんだ」
「優美はどんなの書いてるの?」
「私、は……」

 どんなの、と言われると困る。
 するとその時、たまたま店内放送が響いた。呼び出しのやつだ。

「あ、トラブルだ。悪い、俺行くから」
「ううん、こちらこそ。仕事中にごめんね! ありがとう」

 すごく参考になった、と言い切れないうちに、武の姿は見えなくなる。

「よし。晩御飯何食べようかな……」

 スーパーの中を見て回りながら、私の頭の中でブログに書きたいことが膨らんでいく。
 

 参考になった出来事、うまくメールでやり取りするために工夫していること。そういうことを書いても、いいんだって、勇気づけられた。

 買い物を終えて、スーパーを出る。まだ肌寒く、ほう、と吐き出した息が真っ白い。
 ふと前を見ると、見知った顔が見えた。

「あ、先輩」
「玉口君! あれ、どうしてここに?」

 首を傾げる私に、後輩の玉口君が少し気恥ずかしそうに笑う。

「実は、この近くの会社に、転職したんです」
「ええっ!?」

 思わず驚いて声を上げた私の頭からは、ブログ記事のことなんて吹き飛んでいたのだった。

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