ピンチはチャンス、とは言うけれど。
ものには限度があると、私は思う。
「仕事……ゼロ……」
木下さんが会社を立ち上げることを聞いた、その次の次の週。
いつも通り仕事を進め、晩御飯を目前に、相次いで仕事のキャンセルが入った。
原因は私自身ではなく、依頼していた会社で事故が起きたり、突然担当者が急逝したり、仕方のない理由ばっかりだ。
それに、完全なキャンセルじゃなくて、いったん停止。ひとまずは、先の仕事の予約ができたような形になっている。
……とはいえそれも、消えてしまう可能性だってある。
「はあ……覚悟してたけど、こういうところ、弱いよねぇ」
私1人だけだから、ふとした拍子にガラガラと崩れてしまう。
「……よしっ! 買い物に行こう!」
短絡的だけど、気分を切り替えるためにもスーパーに行くことにした。
何時も通っているスーパーまで歩こうと外へ出ると、夕暮れ時の涼やかな風が吹き抜ける。
失敗した。むしろ、センチメンタルな気分になってしまった。
小さくため息をつきながら歩き出した、ちょうどその時だ。
「あ、先輩」
「あら、玉木君。こんにちは」
この時間に合うとは思わなかったけど、ついキャンセルのショックが響いて、そっけない返事になってしまう。
彼が不思議そうな顔をするのを見て、慌てて笑顔をとりつくろった。
「ごめんね、ちょっと仕事が……忙しかったの」
「そうだったんですか。僕も、今、新しく契約したところに、初めて顔を出しに行ってきたんです」
並んで歩き出すと、玉木君が楽しそうに話し出した。
「今、社内コンビニエンスストアっていうサービスを作ってる企業と取引しているんです。楽しいですよ、大きい自動販売機みたいなやつで、いろんな人の欲しいものをビッグデータとして反映させながら、買い物ができるサービスなんです。今はこの宣伝について携わっていて、結構、前の会社での経験も役立っているんですよ。それで、その一環としてWebのサイト記事も書いたりしているんです」
私と違って、玉木君はいろんなことができるんだなぁ、と思った。
今の私は「Webデザイン」がメインで、それ以外にできることが、すっと出てこない。
仕事がキャンセルになったことが、物凄く心に負担をかけているんだな、と、自分のことなのに人ごとのように考えていた。
「あの、先輩?」
「……あ、ごめん。玉木君」
「いえ。あの……お疲れ、ですか?」
伺う様に訪ねてきた玉木君に、私は言う。
「ごめんね。ちょっと仕事でキャンセルが出ちゃって。自分のせいじゃないんだけどさ……落ち込んじゃって」
肩をすくめると、つん、と鼻の奥が痛む。
「なんか玉木君は活躍しているなぁって思ったら、聞いてて申し訳なくなって」
「……先輩」
「うん?」
玉木君が、ぐっ、と私の手をつかんだ。
人気の少ない路地、玉木君の眼が私をじっと見つめている。こうして見ると、なんていうか、玉木君ってかっこいいよなぁ、と、ふと考えてしまう。
ものすごいイケメンじゃないけど、ほっ、と落ち着くような顔。
そんなことを考えて、ぼんやりしていた私に、玉木君がとても真剣な顔で言った。
「……俺の家に飲みに来ませんか」
「へ?」
それは思いがけない、後輩からの誘いだった。