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てくてくフリーランス優美(第20話)

てくてくフリーランス優美

 その日。
 私は、フリーランスの先輩である木下さんとともに、税金関係に勉強会に出ていた。

 木下さんと勉強会に出るのも、ずいぶん久しぶりだった。

 普段は税理士さんにお世話になっているけれど、自分でもある程度の知識があった方が良いとよく分かった。

「すごく勉強になりました」

 勉強会の後、誘われた居酒屋で人気のメニュー、長芋焼きを摘まみながら、私はうなずいた。

「なら、誘ってよかったよ。玉木のやつは自分でも勉強しているみたいだからさ」
「ああ。……私も、簿記3級くらいは勉強しようかな」
「やってみるといいよ。高校生でも勉強すれば分かるくらいの内容だし」

 ファミレスでチキンソテーを口へ運びながら、木下さんが言う。
 これから先を考えると、私もそうしておいた方が良いかもしれない。

 と、木下さんが難しそうな顔で、重々しく切り出した。

「……あのさ、優美」
「はい?」
「俺。もしかしたら、会社員に戻るかもしれない」
「……ええっ!?」

 あまりの衝撃に、大きな声を出してしまう。ここが居酒屋で良かったと、心の底から思った。
 木下さんは私にとって、フリーランスのあれこれを一から教えてくれたような先輩だ。だから、確認するように、ゆっくりと尋ねる。

「本当に、戻るんですか?」
「ああ」
「……そうですよね。やっぱり、大変な仕事ですし」

 仕方がない、と、そう思う。
 私も安定した収入にはたどり着けていないし、会社員だったころの2倍ほど稼いでやっと安心できたもの。収入が入ってくるのが3カ月先になることもある。この先、安定して生活することを考えたら、会社員に戻るのも1つの選択肢だ。

「ただな、優美」
「なんでしょう」
「おまえ、俺が誰かの下について働けると思うか?」
「……ええと」

 今日も変わらず、スウェット上下な木下さんから、思わず私は視線を逸らした。
 正直、無理だと思う。

「で、だ。知り合いの、稼ぎは大きくなくていいけど安定した収入が欲しいやつを集めて、俺が社長で会社を作るつもりなんだ」
「……会社を、つくる?」
「ああ。今まで、俺一人で、俺二人分くらいあれこれやってたからな。そういうところを他人にも分散する形だ」
「……つまり会社員に戻るって、そういうことですか!?」

 もう本日二度目の衝撃だった。
 でも、木下さんらしい、とも思えてしまう。

 仕事が忙しいのは聞いていたし、最近はめったに勉強会でも一緒にならなかったし。それをまさか、会社を作るという形で安定させてしまうとは思わなかった。
 きっと木下さんのことだから、しっかり考えた末の結論なんだろう。

「応援しています、木下さん」
「おう。優美も、今より稼ぎ減っても良ければ応募よろしくな」
「ふふっ。ありがとうございます。でももうしばらくは、一人でやるつもりです」
「じゃあ、そっちも頑張ってくれ」

 私と木下さんはお互いの顔を見合わせて、笑いながら乾杯したのだった。

 それからはしばらく、会社のことで盛り上がりながら飲んで、食べて。大騒ぎ。
 閉店間際になってやっと帰ることになり、私と木下さんはタクシーでそれぞれの家へ帰ることにした。

 こういうのを、友情、と言うのかな。

 木下さんは結婚の意思も、恋人を作りたいという願望もないそうだ。それは態度からも伝わってくるし、私も気取らなくていいからすごく楽な付き合いをさせてもらっている。

(木下さんの会社、うまく行くと良いな……)

 空は晴れて、星が見える。
 見上げる私の視界の端で、きらり、とほうき星が尾を引いて流れて行った。

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