緊張しすぎると、人は真顔になる。
(全然笑顔が作れない……っ!)
私は新米フリーランスの優美。Webデザイナーとして、個人や企業と取引をしている。
そんな私は今、かつて働いていたアパレル系企業にいた。
目の前でニコニコ微笑んでいるのは、かつて私がお世話になった先輩の篠田さんだ。
「いやぁ、まさか依頼した人が優美さんも知っている人だったなんて、思いもよらなかったよ」
「そ、そうですね、篠田さん……」
篠田さんは私がこの職場にいた頃は、食べることが大好きなふっくらとしたお兄さんだった。
でも今はダイエットに成功したとかで、すっかりスマートなイケメンになっている。
ただ私がどきどきして緊張しているのは、篠田さんを前にしているからじゃない。
「実はもう1人、お願いしている方がいるんだよ」
「そうなんですか?」
「明日葉さんっていう、女性の方なんだけど……」
そう言って紹介されたのが、なんと。
私がかつて、Webデザイナーを志すきっかけとなった女性だった。
「はじめまして、明日葉和香と言います」
「はじめまして、優美です」
硬い表情で挨拶をした私に、彼女が不思議そうに首をかしげる。
「今日からよろしくお願いいたしますね」
「はいっ」
がちがちに緊張している私に、篠田さんが視界の端で、どこか不安そうな顔をするのが分かった。
(本当に……明日葉さんだ)
私は……かつて、このアパレル系の企業でごくありふれた事務員として働いていた。
変わらない仕事内容と残業、スキルアップも何もない日々。
安定した生活だったけど、私は心の中でいつも、焦っていた。
同じころに、同期が活躍を認められて事務員から別のポジションへ引き抜かれたのも、私を余計に焦らせた。
そんな時に巡り合ったのが、新しいブランドのWebデザインを担当する明日葉和香さんだった。
彼女はすでに企業との取引も多いフリーランスのWebデザイナーで、事務員だった私が、たまたま彼女からの電話を担当部署へ引き継いだのだ。
明日葉さんは、かっこよかった。
たった1人で働く先を決め、自分で自分を磨き、好きなことややりたいことにチャレンジしながら働いているのが、見た目からも分かった。
彼女が手掛けたWebサイトは瞬く間にアクセス数が増えて、そのブランドはこの企業の中でもヒットしたものの1つだ。
成果を出し切る彼女の姿に憧れ、そして私も次の1歩を踏み出せた。
資格を取り、会社を辞め、Webデザイナーとしてフリーランスになった。
でもそんなことは、彼女は知らない。だから私がこんなに緊張しているんだって、知る由もない。
(しっかりしなくちゃ……!)
私は今、彼女と同じ立場として、この企業からの案件を依頼されている。
そこまで頑張れたんだって、私は自分にやっと、胸を張れる想いだった。
「大変失礼いたしました」
この企業に勤めていたころ身に着けた振る舞いを思い出しながら、頭を下げる。
「優美と言います。フリーランスです。よろしくお願いいたします!」
にっこりと微笑むと、彼女は私が緊張していたことに気づいたらしい。
「ええ、よろしく」
今度は優しい笑顔で、そう返してくれたのだった。