私は優美、フリーランス1年目のWebデザイナー。
今日は都内で開かれる講習会に、フリーランスとしての先輩である木下さんと一緒に参加する予定。
会社にいたころは勉強会なんて面倒で仕方なかったけど、今は自分が勉強したいから行くせいか、とっても楽しみな予定の1つになった。
待ち合わせのカフェに座っていると、しばらくして木下さんから『今着いたよ!』とLINEにメッセージが入った。
少しして、
「おまたせー」
と、手を振って男性が近づいてくる。
「……木下さん、ですか?」
「なんでそんなに疑わし気な顔なの!?」
「だって、なんだか……ちゃんとしてます」
「うっ……」
バツの悪そうな顔をする木下さんは、いつもはぼさぼさの髪をちゃんとワックスでまとめて、服もジャケットにジーンズ、皺のないワイシャツ姿だ。
明らかに、いつもと違う。
「スウェットで勉強会に来て、買い物は全て宅配で済ませる木下さんが、ジャケット……?」
「い、いやあ、そのぉ」
「……ひょっとして」
私は口元に手を当て、大げさに驚いてみせる。
「彼女が、できたんですか……?」
「……優美ちゃん、セクハラだぞぉ」
「ごめんなさい。流石に木下さんがこんなふうにパリッとした格好するなんて、それくらいしか思い当たらなくて……」
不満そうな顔をしているけど、自覚はあるみたい。
あからさまに視線を逸らす木下さんに、話を変えるべくにっこりと笑顔を見せて立ち上がる。
「じゃあそろそろ時間ですし、行きましょうか」
「……うん」
「あ……それとももしかして、私が一緒だから気を遣ったとか?」
分かりやすく表情が晴れやかになる木下さんに、ちょっぴり頬が赤くなる。
フリーランスになってからは、いつも一人で作業していたし、ネット上でのやり取りがメインだ。
こんな風に目に見える形で人に気にかけてもらえる、そのことがどんなにありがたいか、実感できた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
機嫌を直してくれた木下さんが、分かりやすく嬉しそうな顔をした。
今日は木下さん経由で参加する勉強会で、彼から紹介してもらい、あれこれ人脈を作るのも目的だ。
もしかしたら、それもあって気遣ってくれたのかもしれない。
カフェを出てから徒歩4分くらいで、会場に到着した。あたりには様々な年齢層の人が居て、あれこれ好きなこと、仕事のこと、いろんなことを話している。
するとその中に、見知った顔を見つけた。
「あれっ、篠田さんだ」
「篠田さん?」
ひときわ賑わっているグループの中に、篠田さんが居た。いつものにこにこ笑顔で、名刺交換をしているのが見える。
木下さんが首をかしげたので、説明した。
「前に務めてたWeb制作会社でお世話になった先輩なんです。今日来るなんて、知りませんでした」
「あれま、知り合いだったの? 篠田さん、今日の勉強会の主催者の1人なんだよ」
「そうなんですか!?」
それこそ知らなかったので驚いていると、篠田さんがこっちを見た。
「あ、優美ちゃーん」
のほほんとした声で私を呼びながら、篠田さんが手を振る。
私は一瞬、迷ってしまった。
今日は木下さんと来ているけど、篠田さんはお世話になった先輩だし、ちゃんと挨拶はしておきたい。
でも木下さんが紹介したい人もいるって言っていた……。
優先すべきはどっち?
そんな風に悩んでいた、その時だ。
「行っておいで」
木下さんの声が、耳の近くで聞こえた。
「ありがとうございます」
木下さんの声に押されるように、私は篠田さんの方へ歩き出す。
(……もしかして今、耳元で囁かれた?)
今日の木下さんは、いつもと全然違うらしい。
いつも、誰かと直接接さない分、その人の新しい一面を敏感に感じ取れるのかもしれない。
そんなことを想いながら、私は勉強会への期待に胸を膨らませていくのだった。
おわり