後輩の家に行く。
それは別に、不思議なことじゃないはずだ。
後輩の家で、飲み会をする。
それも別に、不思議なことではないはずで。
(なんでこんなに、私、緊張しているんだろう……)
スーパーからすこし歩いて、私と玉口君はドラッグストアで買い物をしている。
仕事がキャンセルになって落ち込んでいた私を、玉口君が気遣って飲みに誘ってくれた。そこまでは分かるんだけど……それがどうしてか、彼の家で飲むことになった。
(た、玉口君からは、その。何かと連絡もあったから、そういう気があるのかな、なんて考えたこともあったけど……)
隣でチューハイの缶を買い物かごに入れている玉口君を、ちらっ、と見上げながら考える。確かに、彼からは何かと、遊びに行ってもいいかとか連絡があった。私もそれを楽しんでいる節はあったけど、今の仕事のことで傷ついている状況だと……楽しめそうにない。
「先輩、唐揚げ買います?」
「え? ……あ、うん! そうだね」
「じゃあ唐揚げと、餃子も買いましょう」
かごの中に、玉口君はどんどん冷凍食品を入れていく。それからおつまみのさきイカや、サラミ、ビール、日本酒、いろいろ。
「玉口君。ワリカンだからね」
先に釘をさすように言うと、ぎくり、と言いながら大げさな仕草で玉口君が笑う。何時もならたぶん、私も笑ってしまうようなことだけど、心がささくれた今ではそうは受け止められなかった。
一瞬だけ、お腹の奥がカッと熱くなる。怒る感覚が久々過ぎて、頭が痛い。
「……ごめん。やっぱり今日、冷静じゃいられないみたい」
「先輩?」
「今、すごくイラッとした。いつもならそうは思わないもの。本当にごめん、誘ってくれて嬉しかったけど、ちょっと無理みたい」
玉口君がおろおろと視線を落とすのを見て、それにさえ、何だかむかむかしてしかたない自分を自覚する。私はすーっと深呼吸して、にっこりと笑って見せた。
「また、もっと楽しい時に飲みたいから。これ、玉口君の家に置いておいてくれる?」
「……あ、はい。はい! もちろんです」
いい大人として、ふるまえていただろうか。
私は玉口君とワリカンで会計を終えて、ドラッグストアの外へ出た。
「じゃあ、玉口君。誘ってくれてありがとう、余裕なくて、ごめんなさい」
「……いえ、先輩。すみません、俺の方こそ、無神経でした」
先ほどまでの動揺した声ではなく、玉口君の声はどこか硬くて、かつて彼が大学にいたときの声を思わせた。もしかして、怒っている?
「……俺。考えたら、依頼が突然キャンセルになる経験なんて、したことないです。会社にいたときも運よく、考えた企画は全部通ってて、仕事が途切れなかった。それってでも、逆を行ったら、失敗した経験が……無いってことなんですよね」
「でもそれって、玉口君がすごいからでしょう?」
ビニール袋の持ち手を、玉口君の手が強く握る。
「運がいいことは、自分の実力だと思いますか?」
「……私は、そう思う」
「俺は、そう思えないんです。でもかといって、自分の実力だけだったかというと、自信はありません」
「そう……そこは、その。私には、共感しづらいわ」
正直に言うと、玉口君がふっと笑った。どう表現したらいいのか、私の頭では表現が見つからない。目が悲しそうで、口は笑ってて、雰囲気はどこか怒っていて、手は拠り所がなさそうだった。
「じゃあ、先輩。また」
「うん。……またね」
もしかしたら、永遠に会わないかもしれない。人と人の縁は、少しのことで途切れてしまう。良いことも、悪いことも、全てが人の在り方を決めていく。
(……明日になったら、後悔しそうね)
私は小さく笑うと、夜の街を家へ向けて歩いていくのだった。