妹の美由紀が家に来てから、数日。
私のスマホがけたたましく鳴り響き、LINEのアプリが『母』から電話がかかってきたことを伝えた。
「なんだろう……もしもし?」
出た瞬間、母の声が響く。
『優美! あんた、結婚するんだって!?』
「はい!?」
どこからそうなったのか、ここ最近驚いてばかりな気がする。
「な、なに?」
『美由紀が言うのよ! お姉ちゃんが結婚するって』
「ええっ!?」
まだ仮定の話どころか、玉口君と結婚の『け』の字を話してさえいない。
そんな事実以上に今、私は冷や汗をかいている。
「……え?」
目の前で、ぱたん、とビールの入ったグラスを倒したのは、玉口君その人だ。
今日は私の家で昼間から二人で飲み会をしており、先ほど乾杯をしたばかり。一緒にお酒を飲んで、最近の愚痴を喋って、ちょっとほろ酔い気分になったところで母から電話が来た。
そのせいで私も、電話に出ることを玉口君に断る前に、何の気なしに出てしまった。
自分のうっかり具合を恨みながら、ぐるぐると頭の中で『どうしよう』が回っていた。
「お、おかあさん、あの」
『そうならそうって早く言いなさいよ~!』
「いや、そうじゃなくて」
美由紀はちょっと昔から夢見がちというか、思い込みが強いところがあったけど、まさか結婚の話を母親に持ち出すとは思わなかった。どうしていいか分からなくて、私は動けなくなってしまう。
と、その時だった。
玉口君が腕を伸ばし、私からスマホを取り上げる。
「お母さん、はじめまして。優美さんとお付き合いさせていただいております、玉口と申します」
先ほどまでビールを飲んでいて、現在進行形でビールを床にぼたぼた垂らしているとは思えないほど、はっきりとした声で玉口君が言った。
「私の優柔不断な態度で、優美さんの妹さんに勘ぐらせてしまい申し訳ありません。ただ、まだ結婚のことを優美さんにはっきりお伝えできていないのが実情です。これからしっかり話し合いますので、今は電話を切らせていただいてもよろしいでしょうか」
母が、ぽかーんとしている顔が目に浮かぶようだった。
『は、はい。どうぞ。ゆっくり』
「では、失礼いたします」
『はい……』
ぽち、と、玉口君がLINE電話を切る。
静寂が満ちて、そして。
「……ごめん。こんな、その、勢いで」
「い、いや。あの。玉口君、うちのお母さんこそ、本当にごめん」
「えっと……」
二人して、顔を見合わせる。玉口君がもう一度息を吸って、姿勢を正す。
そして。
羽織っていた服の内ポケットから、箱を取り出した。
「……何もかもカッコ悪いんだけど、これ」
「……えっ」
「結婚は、考えてた。ずっと。こんな状態だけど、申し込みたい」
玉口君と、私が見つめあう。
「結婚してください」
そして、私は……。
「と、とりあえず、ビール。ふこう」
そんなことを口走り、玉口君がきょとんとする。そして足元を見て、ぶふっ、と噴出した。
「確かに。これは、拭かなきゃですね」
「……う、うん」
「……あの」
私の顔はたぶん今、したこともない表情をしている。顔の感覚が、あんまりないもの。
「……拭き終えたら、答えるね」
ごくん、と玉口君が息を飲んで、大きくうなずいてくれたのだった。