3カ月だけの同僚だった春香さんと、私はその場の流れで一緒に買い物をすることになった。
「そういえば、このスーパーは良く使われるんですか?」
春香さんが首を傾げながら尋ねる。
「はい。家から近いのと、あと、大学時代の同期が店員を勤めてて……やっぱり、なんとなく贔屓しちゃうんですよね」
武のことを思い浮かべながら言うと、春香さんが頷いた。
「分かります。友達が勤めている会社って、なんかCMで名前を聞くだけでも、ちょっと嬉しくなりますよね」
「そうですよね」
頷いて前を見ると、鮮魚コーナーで魚のパックを並べなおしている武が目に入った。
「あっ、武」
「おう、優美。今日はマグロがいいのがあるよ」
そう言いながら武がこちらを振り返り、そして驚いた顔をした。
「あれっ、春香と一緒? 優美って知り合いだったっけ?」
「え? ついさっきそこで行き会って……以前、会社で一時期同僚だったの」
「ああ、なるほど」
驚いた顔をしている春香さんに、武が言う。
「彼女だよ、俺がたまに話してたスーパーによく来る大学の同期」
「……そ、そうだったのね。びっくりした」
私は春香さんと武の顔を交互に見て、はっ、と気が付いた。
武は大学卒業間近に、結婚も考えた彼女と同棲するのが夢だと言っていたことがある。もしかして、春香さんがそうなのかな。
「武と春香さんも知り合い……です、か?」
「はい。えっと、けっ、結婚を予定して、ます」
恥ずかしそうに真っ赤な顔をして言いきった春香さんに、ドラマのラブシーンを見たように「きゃー」と呟きたくなってしまう。なんだかほっこりとした気持ちになっていると、春香さんが、すすすっ、と武の隣に寄り添うように立つ。
何となく、彼女の眼が私を睨んでいるような気がする。
それに私が、なんだか妙な予感を感じた、その時だった。
「優美先輩、お疲れ様です」
「あれ、玉木君。お疲れ様」
スーツ姿の玉木君が、買い物袋片手に立っていた。その顔を見て、ふと思い出す。
そう言えばフリーランスの先輩である木下さんから、玉木君にって言われた本を預かってたんだ。ちょうど鞄の中に入っている。
春香さんならともかく、私がこれ以上、武の仕事の邪魔をしてしまうのも悪い。
「じゃあ、武、春香さん、また機会があれば」
「おう。気を付けて」
「……あ、さ、さようなら。気を付けて」
会釈をした後に見た春香さんの顔は、何故かとても、申し訳なさそうな表情だった。
(私と武のことを、恋人みたいな感じで疑ってたとか? ……いやいや、まさか、そんなわけないよね)
そんな漫画やドラマみたいなこと、あるわけがない。私はそう考えながら玉木君の隣に並ぶ。
「木下さんから本を預かってきたの、今渡してもいい?」
「わあ、ありがとうございます。……そういえば先ほどのお二人は? 会話、お邪魔していませんか」
「大丈夫。一人は昔の会社で一緒だった春香さんで、もう一人は大学の同期の武」
納得した様子で、玉木君が頷いた。
「そうだったんですね。……しかし先輩と同じ会社で春香さんとなると、私も一緒に働いてたかもしれません」
「え、そうなの?」
「はい。記憶が間違っていなければ、ですけど」
そんな他愛もない会話をしながら、私は彼と並んで歩いていくのだった。