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てくてくフリーランス優美(第8話)

てくてくフリーランス優美

 バッ、と頭を下げて、私は叫んだ。

「お疲れ様でした!!」
「お疲れ様ぁ!!」

 あちこちでグラスがぶつかり、嬉しそうな声がはじける。
 今日は飲み会、それも、つい最近担当してきた大きな仕事が完了したのを祝う、とても楽しい飲み会だ。

「まさか私も誘ってもらえるなんて、思いませんでした」
「そうよねぇ、私もよ」

 私、優美の隣で頷くのは、明日葉さんという女性のWebデザイナーだ。

 フリーランスとしても、Webデザイナーとしても、私にとって先輩に当たる。

 それに、私がフリーランスを志すきっかけになった人だ。

 でも偶然にもアパレルメーカーの新ブランド、その企画サイトを担当してはや数ヶ月……。

 それだけの期間、連絡を取り合ったこともあり、私と彼女はすっかり仲良くなっていた。

 そんな私たちに、この企画の担当者でもある篠田さんが言う。

「2人のおかげで、軌道に乗ったんだから。呼ぶのは当たり前でしょ」

 きりっと眉を立てて言う篠田さんに、そう言われたのが嬉しくて、私ははにかんだ。

 ブランドは嬉しいことに軌道に乗り、サイトについても社内の担当者へほとんど引き継ぎを終えた。
 今後も運用する支援は行っていくし、必要に応じてサイト改善も引き受ける予定。

 ただ、明日葉さんはというと、別の案件から声がかかっているとのことで、私がメインとして担当することになった。
 最初はあれこれと、今回の企画で大変だったことを話していたが、ふと私の中で疑問が芽生えた。

(そういえば……明日葉さんって、普段勉強会とか来るのかな? そういうところで、また、会えたら嬉しいなぁ)

 唐揚げを口に運びながら、私は尋ねる。

「明日葉さんって、木下さんって知ってますか? 元Web制作会社にいて、勉強会とかもいろいろしてる人なんですけど」
「……もしかして。スウェットで勉強会来る人?」
「え、そうです! お知合いですか?」
「知ってるも何も、あの子、私が教えたのよ〜、後輩なのよ、後輩」

 ケラケラと笑い出した明日葉さんが、ちょっと遠い目をするのが分かった。

「私も最初は企業にいたのよ。でも全然違う職でね、その後輩だったの、木下君」
「そうだったんですか? 私てっきり、ずっとこういう業界にいらっしゃるんだと思ってました……」
「ふふ。そうね、そうかも。最初は出版社の編集担当で、それが紆余曲折あってこっちに来たのよ。そのころの後輩が木下君で、びっくりしたわ……彼もフリーランスしてるんだもん」

 なんだか懐かしそうに言うので、私は、なんだか自分が『聞いてはいけない質問』をしたような気持ちになっていた。

 それから、明日葉さんは、いろいろ話してくれた。

 木下さんが退職して、それから先は明日葉さんはよく知らなかった話。
 木下さんがまだ、独身だっていう話。
 明日葉さんは、結婚を考えている人がいるって話。

 私も同じくフリーランスだから、こういうことを話してくれたのかもしれない。

── それから……。

 飲み会がお開きになって、私は2次会はキャンセルした。

「……はぁ」

 夜風が顔に当たる。
 自分の頭の中で、今まで考えなかった『将来』という文字がぐるぐる回るのが分かった。
 働くことも楽しいけど、そこから他の事も考えなきゃなのかなーって。

 
 今日の今日まで、フリーランス1年目としてがむしゃらに走ってきた。

 楽しくて、仕事以外のことなんて、何にも考えなかった。
 でも、やっぱり。
 生きていくうえで、自分で決めるべきことは、仕事だけじゃない。
 何より、仕事を好きなようにできるからこそ、自分がどうしたいか、もっと考えなくちゃいけない。

 自分がどう生きていくか、それを決めなくちゃならない。

 そう考えていると、後ろから誰かが走ってくる音がする。
 篠田さんが、私に向かって全力で駆け寄ってくるのが見えた。私の手前で立ち止まり、彼が言う。

「優美さん! また、今度! 一緒に、その、仕事しよ!」

 これは、その1歩目なのかもしれない。
 私は前を向いて、篠田さんに手を振る。

「はい! また、よろしくお願いいたします!」

 私は優美。
 フリーランスとして、これからも。きっと、自分がどうしていくべきか、悩みながらも歩き続けるのだろう。

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