バッ、と頭を下げて、私は叫んだ。
「お疲れ様でした!!」
「お疲れ様ぁ!!」
あちこちでグラスがぶつかり、嬉しそうな声がはじける。
今日は飲み会、それも、つい最近担当してきた大きな仕事が完了したのを祝う、とても楽しい飲み会だ。
「まさか私も誘ってもらえるなんて、思いませんでした」
「そうよねぇ、私もよ」
私、優美の隣で頷くのは、明日葉さんという女性のWebデザイナーだ。
フリーランスとしても、Webデザイナーとしても、私にとって先輩に当たる。
それに、私がフリーランスを志すきっかけになった人だ。
でも偶然にもアパレルメーカーの新ブランド、その企画サイトを担当してはや数ヶ月……。
それだけの期間、連絡を取り合ったこともあり、私と彼女はすっかり仲良くなっていた。
そんな私たちに、この企画の担当者でもある篠田さんが言う。
「2人のおかげで、軌道に乗ったんだから。呼ぶのは当たり前でしょ」
きりっと眉を立てて言う篠田さんに、そう言われたのが嬉しくて、私ははにかんだ。
ブランドは嬉しいことに軌道に乗り、サイトについても社内の担当者へほとんど引き継ぎを終えた。
今後も運用する支援は行っていくし、必要に応じてサイト改善も引き受ける予定。
ただ、明日葉さんはというと、別の案件から声がかかっているとのことで、私がメインとして担当することになった。
最初はあれこれと、今回の企画で大変だったことを話していたが、ふと私の中で疑問が芽生えた。
(そういえば……明日葉さんって、普段勉強会とか来るのかな? そういうところで、また、会えたら嬉しいなぁ)
唐揚げを口に運びながら、私は尋ねる。
「明日葉さんって、木下さんって知ってますか? 元Web制作会社にいて、勉強会とかもいろいろしてる人なんですけど」
「……もしかして。スウェットで勉強会来る人?」
「え、そうです! お知合いですか?」
「知ってるも何も、あの子、私が教えたのよ〜、後輩なのよ、後輩」
ケラケラと笑い出した明日葉さんが、ちょっと遠い目をするのが分かった。
「私も最初は企業にいたのよ。でも全然違う職でね、その後輩だったの、木下君」
「そうだったんですか? 私てっきり、ずっとこういう業界にいらっしゃるんだと思ってました……」
「ふふ。そうね、そうかも。最初は出版社の編集担当で、それが紆余曲折あってこっちに来たのよ。そのころの後輩が木下君で、びっくりしたわ……彼もフリーランスしてるんだもん」
なんだか懐かしそうに言うので、私は、なんだか自分が『聞いてはいけない質問』をしたような気持ちになっていた。
それから、明日葉さんは、いろいろ話してくれた。
木下さんが退職して、それから先は明日葉さんはよく知らなかった話。
木下さんがまだ、独身だっていう話。
明日葉さんは、結婚を考えている人がいるって話。
私も同じくフリーランスだから、こういうことを話してくれたのかもしれない。
── それから……。
飲み会がお開きになって、私は2次会はキャンセルした。
「……はぁ」
夜風が顔に当たる。
自分の頭の中で、今まで考えなかった『将来』という文字がぐるぐる回るのが分かった。
働くことも楽しいけど、そこから他の事も考えなきゃなのかなーって。
今日の今日まで、フリーランス1年目としてがむしゃらに走ってきた。
楽しくて、仕事以外のことなんて、何にも考えなかった。
でも、やっぱり。
生きていくうえで、自分で決めるべきことは、仕事だけじゃない。
何より、仕事を好きなようにできるからこそ、自分がどうしたいか、もっと考えなくちゃいけない。
自分がどう生きていくか、それを決めなくちゃならない。
そう考えていると、後ろから誰かが走ってくる音がする。
篠田さんが、私に向かって全力で駆け寄ってくるのが見えた。私の手前で立ち止まり、彼が言う。
「優美さん! また、今度! 一緒に、その、仕事しよ!」
これは、その1歩目なのかもしれない。
私は前を向いて、篠田さんに手を振る。
「はい! また、よろしくお願いいたします!」
私は優美。
フリーランスとして、これからも。きっと、自分がどうしていくべきか、悩みながらも歩き続けるのだろう。