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てくてくフリーランス優美(第13話)

てくてくフリーランス優美

 その日は、Webデザイナーのスキルアップ講座だった。

 帰り道で木下さんと盛り上がり、晩御飯を一緒に食べに行くことになったのがついさっき。
 お店を探す途中に、仕事終わりだというWeb制作会社時代の先輩、篠田さんと出会った。

 そしてお店に入ったら、まさかの相席相手がなんと大学の後輩の玉口くんという偶然が起きていた。

「それじゃ、乾杯!」

 一番年長の木下さんの合図で、私たちは思い思いの飲み物を掲げる。

 そして注文したサラダを木下さんがてきぱきと取り分けて、自分の分をさっさと食べ始めた。
 玉口くんは、その様子に驚いたようだった。

「玉口くん的には、意外?」

 篠田さんに尋ねられ、玉口くんがハッとした表情になる。

「すみません……。ええと、あの。木下さんはフリーランス歴長いんですよね?」
「そうねぇ。俺、ふつーに会社に勤めてたの、2年だけだったし」
「そうなんですか……」

 どことなく歯切れの悪い玉口くんは、落ち込んでいるようだった。

「すいません、自分。いつも会社の飲み会だと、女性が取り分けるの待っちゃってたんだなぁって」
「あー、それ、俺も最近思ったや」

 篠田さんが頷いた。

「フリーで働いている人たちって、やっぱり個人としてお互いに気を遣うだろ? それ見てると、自分の中にある何て言うかな。固定観念の根深さを知るよね」
「分かります」

 そういうものだろうか。
 正直、気にせず生きてきたところがあるせいか、私にはピンと来なかった。

 木下さんも同じなのか、ふーん、と興味なさそうに相槌を打つだけだ。と、玉口くんと目が合った。

「どうしたの?」
「……いや、自分も、会社員からちょっと職を変えようかと思ってて。どう思います?」

 会社員として勤めることに、玉口くんはかなり前向きだった気がする。
 だから少し意外に思えて、思わず尋ね返してしまった。

「えっと、じゃあ、玉口くんもフリーランスに?」
「いえ。まずは転職します」
「転職……?」

 首をかしげると、玉口くんが首を横に振った。

「いえ。まずは副業OKの職場に行って、ある程度の収入をキープしながら、自分の持ってるスキルでフリーをやって、今の収入くらい稼げるか試します」
「試す……」
「試してみていけそうだったら、そのままフリーに転向する気です」

 私もフリーランスになる前に、転職はした。
 でも、試しに収入がどのくらいになるかとか、そこまで考えて飛び込んでなかった気がしてくる。

 考えが甘い、というのを、目の前に突き付けられた気持ちになる。
 働き方というものばかり見据えていて、収入面とか、将来とか、ものすごーく考えたことって少なかったかもしれない。

 ううん、かもしれないでも、気持ちでもなく、そうなんだ。

「……もっと頑張らなきゃ、ですね」
「あ、優美ちゃん。そこ、気張るとこじゃないと思うよ」
「え?」

 木下さんが、こちらをじっと見る。

「考えが甘かったと思うなら、頑張るんじゃなくて、どこをどう修正すべきかに思考を変えなきゃ」
「はい、すみません」

 しまったなぁ、と思いながら頷くと、篠田さんの表情が強張っていることに気が付いた。

「木下さん、結構ズバッとした物言いしますよね」
「ええ、まあ」

 なんだか二人が、にらみ合っている。
 玉口くんも、驚いたように二人を交互に見ているけれど、どう言っていいか分からない様子だった。

 と、そこに。

「お待たせしましたー!」

 音を立ててソースが跳ねる、大きなステーキの乗ったプレートが置かれた。

「あっ、焼き立てサーロイン!」
「はい。鉄板お熱くなっておりますので、火傷には十分ご注意ください!」
「はい!」

 みっちりしたお肉に、玉ねぎや醤油の薫り高いソース。
 ぽんとバターが1欠片。
 これは、すっごく美味しそう。

「……ふふっ」
「どうしました、木下さん?」

 突然笑った木下さんに、私は首を傾げた。

「いや、その。ごめんな、本当」
「え、何がですか?」
「ごめん」
「えぇ? いや、突然謝られても……」

 ともかくお肉が冷めそうなので、早めに切って食べることにする。
 どこをどうすべきか、ちゃんと考えるためにもお肉はしっかり食べておこう。

 食べるときは、余計なことを考えない方がお腹いっぱいになりやすいし、後で食べ過ぎたりもしないしね。

「こういう切り替えの早さも大事ですよね」
「そうだよ、玉口くん」
「はい。俺も、理屈ばっかり言ってないで、行動します」

 篠田さんと玉口くんが、何かそういう話をしていたみたいだけど……。
 私は気づかず、ステーキを食べていたのだった。

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