私は優美、フリーランスになって1年目のWEBデザイナーだ。
猫のピケと一緒に暮らすこのマンションも、もうじき契約してから1年が経つ。
LINE通話をスピーカーモードでつなげた部屋に、後輩の玉口くんの、懐かしい声が響いた。
『へー、じゃあ先輩は、今はフリーランスで働いてるんですね』
「そうだよー」
『凄いですねぇ。でも卒業してすぐって、確か事務になるって言ってませんでしたか?』
大学4年生の時に出来た後輩の玉口君は、1年生ながらゼミに入ってきた珍しい人だった。彼の趣味は『TRPG』というものらしくて、イベントを開催したり、パソコンでサイトを開いたり、最初から行動意欲があって元気な子、という印象だった。
ゼミに入ったのも、そういうイベントのコツを学んで、人脈を広げるためだったとか。
「うん。最初はね、私は事務員だったの。でも……なんか、あの頃より、今がいいな」
『……後悔していないってことですか?』
「そうなるねぇ。なんかさ、あの頃って、何で自分が不安なのか、分からなかったの」
玉口くんが電話してきたのは、かつてゼミが一緒だった人たちとの飲み会に私を誘うためだった。こういう場所に誘われて嬉しいと思う反面、会社員時代だったら『行かなかったかも』と、そう考える自分がいた。
もちろん飲み会には参加する、と返事をしたところで、ずるずると最近の話題を2人で話していたのだ。
「何やっててもどことなく不安で、何で自分が働いているのかよく分からなくてさ。もう大学生じゃないんだって言い聞かせるたびに、心の中で子供みたいに暴れる自分がいたんだ」
『……なんとなく、分かります。俺、今の会社、勤めてから3年目過ぎるとこなんですけど、2年目まではそういうこと、よくありました』
「うん。私ね、それが、3年過ぎても無くならなかったの」
事務員として勤め始めた会社は、別に悪いところはどこもなかった。
いつもと同じ毎日を過ごせて、お給料も平均。ボーナスはきちんと出て、残業もそこそこ。
でもアパレル系の企業だったせいか、同じ職種の企業が倒産する話はよく耳にしたし、同じような毎日だからこそ、スキルを身に着ける場もなかった。
そんな中で、私は次第に『このままでいいの?』と、不安になった。
「友達、ほら。同じゼミだった秋野正明、覚えてる?」
『はい! 覚えてますよぉ』
「彼も同じく事務員だったんだけどさ、いろいろ勉強して、自分の苦手とかすっかり克服して、そのまま経理に引き抜かれていったんだよね。焦っちゃってさ……」
異動する彼を見て、私は自分の中に『嫉妬』があることに気が付いた。
自分は何の努力もしていないのに、努力して会社から認められた彼に嫉妬していた。
「自分も何かしたい、頑張りたいって思った時に、会社のホームページを依頼されたって言うフリーランスの女性からの電話をね、引き継いだの」
『へえ! 凄いですね、その人』
「うん。びっくりしたし、こういう働き方があるんだって驚いちゃって……それで、頑張って勉強して、まずはWEB製作の会社に転職したんだぁ」
思えば、自分でも大胆なことをしたと思っている。
でも今は、どうして自分が困っているか分かるし、ちゃんといろんなことに目を配れている。きちんと生きている気がするから、してよかったと思っている。
「それにさ、おんなじ理由で立ち行かなくなっても、また別の会社に飛び込んで働けると思うんだ」
そう言った私に、通話の向こうの玉口君が、優しく笑ってくれた気がした。