ビールを拭き終えて、私は玉口君の前に座りなおした。
緊張した面持ちでじっと私を見つめてくる彼の顔を、見つめ返す。
フリーランスになってから、私は自分らしく生きてきたと思う。一人で暮らすのも好きだし、前よりずっと毎日やりたいことやしてみたいことがある。
家族も理解をして、応援してくれた。
今の私には、定期的にやり取りをしている企業もある。新しく仕事をしたいとメールをくれた人もいる。もちろん困ること、間違えること、一人だから先輩や同僚がいて欲しいと思うこともあるけれど、仕事そのものはとても楽しい。
フリーランスになって良かった、と素直に思える。
そんな中で、玉口君と再会した。
木下さんと知り合って、篠田先輩とほろ苦い別れも経験した。
大学の同期だった武は春香さんと結婚するし、かつての友達の中には子供ができた人もいる。
思えば、プライベートと仕事を切り離して考えることが、この一年本当に少なかった。
実家でもあるこのマンションで一人で暮らしていたから、余計に仕事のことばかり考えていたんだと思う。
(私はこれから、どう生きていきたいのか……いろいろ、考えてきた)
一つは仕事のこと。
これからもフリーランスとして生きていきたいし、デザインの勉強ももっとやりたい。できることを増やして、将来的には自分のように『どうやって生きたいか分からない』とか『スキルがなくて悩んでいる』とか、そう思っている女性の助けになれるような仕事をしてみたい。
木下さんが取り組んでいる、フリーランスとして同じような働き方をしている人同士を、先輩と後輩の関係として繋いでいく活動もしてみたい。
そう思う一方で、働くこと以外も考えた。
旅行してみたいとか、映画を見たいとか。趣味について考えたけど、思えば私、趣味らしい趣味もなかった。しいて言えば、仕事が趣味なのかな。不思議と、仕事のことはポンポン考えが浮かんでくる。
そんな私だから、玉口君との関係が進むのにも、とても時間がかかってしまった。
でもそんな私を、玉口君はじっと待っていてくれた。
そう分かったからこそ、自分が他の誰かと一緒に暮らす未来を、考えてみたいと思った。
子どものこととか、そういうのはまだ分からないけれど、でも。
仕事も、プライベートも、全部ひっくるめて。私はこれからどう生きていきたいのか。そう考えた時、やっぱり隣に、玉口君にいて欲しいと思った。
「……玉口君。ううん。玉口彰(あきら)さん」
彰、という、玉口君の名前を知っていたけど、今この時まで呼んだことはなかった。
声が自然と、震えてしまう。
「どうかこれから、よろしくお願いします」
玉口君。ううん……違う。
彰君の真っ黒な目が見開かれて、ぱち、ぱち、と二回瞬きをする。
「……それじゃあ」
「結婚。私も、したい、です」
勢いよく、彼は椅子から飛び上がって、私の傍に駆け寄ってきた。そして、勢いからは想像もつかないほど優しい手つきで、私の体を抱きしめる。
「ありがとう」
頷きながら、私もまた、彼の体に腕を回し返すのだった。