久しぶりに訪れた、家族が暮らす大阪の家。
そこは、緊張感が溶けた後の、にぎやかな雰囲気に包まれている。
「そうかぁ。彰君は後輩だったのかぁ!」
機嫌よく笑う父が飲むビールは、これでグラスに3杯目だ。
私、優美と、玉木君こと彰さんは、お互いの両親へ結婚の許しをもらいに向かっている途中だ。我が家では、妹から話が伝わってしまったこともあり、なんだかんだで両親は覚悟していたらしい。
彰さんが、まだ会社勤めをしているのも、親としては安心だったみたい。それに私が、フリーランスになってからずっと、東京のマンションの管理費とかをきちんと支払っていることも、両親に伝わっていた。
「幸せになるのよ」
ぽつりと呟くように言った母に、彰さんは深々と頭を下げてくれた。
楽しい結婚報告もつかの間。
今度は彰さんと共に、彼のご両親が暮らす埼玉県へと向かう。
「ここだよ」
「……ここ? 本当に、家?」
じわじわとセミが鳴く中、私の間の抜けた声が響いた。
「お爺ちゃんが建てたんだ。……正直、自分でもたまに、信じられない時があるよ」
到着した家は、埼玉県の中でも緑が濃い地域にある、大きな木造の平屋建てだった。今ではご両親と、彰さんのお姉さんが家族で住んでいるらしい。
すでに彰さんから、私のことは伝わっている。
通された座敷は、実家である東京のマンションの半分が、すっぽり入りそうなほど広かった。お茶を頂き、結婚の意思を報告したところで、
「……そう。Webデザイナーさん。フリーランスなのね」
と、しみじみとした顔で言うのは、彰さんのお母様だ。
……正直、言うのは怖かった。
でも、私はWebデザイナーとして働いて、ちゃんと報酬を頂いている身だ。
大丈夫、自分に言い聞かせる。
「はい。企業のホームページなどを、手掛けております」
「あ、ごめんなさい。違うの。ええとね、こう、血は争えないなぁって」
くすくすと笑いだしたお母様に、私と彰さんは顔を見合わせる。だんまりを決め込んでいたお父様が、何故か照れ臭そうに耳と頬を赤くして、しきりにお茶を口にしだした。
「私ね、こうみえても、小説家をやっていたのよ」
「……母さんが小説家!?」
バンッ、と座卓へ両手をついた彰さんを見るに、彼も知らなかったのだろう。
「そうよ。特定の出版社を持つって言うよりは、個人の文を引き受ける感じかしら? 意外と多かったのよぉ、立派な個人史を出したいって方。そうこうしているうちに、お父さんに捕まっちゃってねぇ」
ころころと笑うお母様が、懐かしそうに遠くを見た。
「出会いなんてないと思っていたし、仕事が楽しかった。私は仕事で生きていく、そう思っていたのよ」
同じことを考えていた、と思った。
私の目や表情が変わったのを見て、お母様が優しく微笑む。
「でも……そのうち余裕ができて、家族や自分の幸せも考えて、ああ仕事だけじゃない、って思っちゃったのよね。それで、出版社の方で出会ったお父さんのプロポーズを受けたの」
だからね。
優しい声が、部屋に響いた。
「フリーランスだからって、悲観も、卑下も、しなくていいのよ。胸を張って、そして彰の隣で、幸せになってね」
どれほどの気持ちが、込められていたか、私には分からない。
頷いてくれたご両親に、私と彰さんは深々と、頭を下げたのだった。