通話用アプリが、元気よく音を立てた。
「もしもし?」
『あっ、もしもし、お世話になっております。玉木さん、今大丈夫ですか?』
「お疲れ様です。大丈夫ですよ、どうしたの?」
通話に出ながら、私は手元にノートを引っ張り寄せる。電話をくれたのは、最近、勉強会で知り合って以来、あれこれ相談に乗っているフリーランス1年目の女性だ。
……私、優美の名字が、玉木になってから3ヶ月が過ぎた。
いろいろな事情で結婚式もハネムーンも延期、代わりに2人きりで写真を撮った。私がウエディングドレスを着ることになるなんて……本当に驚いたけど、やっぱりうれしかった。
とはいえ、どちらもしなかったことで、良いこともあった。
それはお互いに仕事にほとんど影響がなくて、好きなことをする時間もたっぷり確保できたこと。まだ、なんとなく、私は趣味が見つからずにいる。
でも彰さんと一緒に映画を見たり、音楽を聴いたり、それだけでも気持ちが軽くなった。もしかしたらそういうことが、趣味に通じていくのかもしれない。
それから、先輩である木下さんを通じて、フリーランスになったばかりの人の軽い相談に乗るようになった。本当にちょっとした相談ばかりだけど、相手にとってはそれが大事なんだって、木下さんは言う。
フリーランスって1人きりで働くように思い込んでいたけど、本当はそうじゃない。周りにたくさんの人がいて、そこに寄りかかれるようにしていくことが、フリーランスとして働き続けるには大切なんだ。
「それじゃあ、またね」
『はい! ありがとうございました』
通話を終わらせて、私は自分の仕事へ向き直る。
と、そこで、背後のドアが開いた。
「ごめんね、通話終わってる?」
「うん。彰さん、どうしたの?」
振り返ると、彼がにこにこと笑みを浮かべながら言った。
「ご飯できてるよ」
「えっ? あ、もうお昼!」
見れば時計は12時を指していた。
急いで立ち上がり、彼の後ろに続く。
「今日のブロッコリーのサラダは、ドレッシングを手作りしたんだよ」
「え、すごい!」
テーブルの上にはおいしそうなたらこパスタと、ブロッコリーのサラダが並んでいた。彰さんも自宅勤務が増えたから、こうして料理を作ってくれることも多い。家事は協力しているけど、やっぱり、誰かが一緒に食事を作ったり、家事に「ありがとう」と返してくれるのはとても嬉しい。
飼い猫のピケが足元に来て、すりすりと動き回る。抱き上げると、ゴロゴロと喉を鳴らすのが聞こえてきた。ピケは彰さんにもだいぶ慣れてきて、彼が頭をなでても、喉をくすぐっても、楽しそうにしっぽを揺らしてくれる。
フリーランスになってから、自分のことをたくさん考えた。
今に集中することの大切さを実感できたからこそ、過去のことも振り返ることができた。
これから先の未来を、自分の目線から、考えることができた。
悩むことは変なことじゃない。それに、何を選んだって、きっと最後には後悔する。
だからこそ、悩んで、選んで、前に進んでいきたい。
そう思う私は優美、フリーランスだ。
そして同時に、彰さんの隣でこれからを歩いていく、優美でもある。
どちらも私だからこそ、どの気持ちも大切にしていきたい。
「よし、食べよう!」
「うん!」
彰さんと頷きあい、私たちは席へ着くのだった。
おわり