その日、私は新しく請け負ったWebサイトのデザインを行っていた。
(結婚、かぁ……)
正式にまだ、玉木君から『結婚してください』とは言われていない。
でもお互いに、結婚を意識してしまっていることは、何となく分かる。テレビを一緒に見ていて、結婚式のCMが流れると思わずチャンネルを変えたり、白いワンピースを選ぶと玉木君が妙に照れたり。ペアリングを買おうか二人で真剣に悩んで、結局恥ずかしくて別の物を買ったりした。
「お母さんたち、どう思うかなぁ」
現実的に考えて、フリーランスとして働く私と、同じくフリーランスとして働きながら、会社員として二足の草鞋を履いている玉木君。そんな私たちが『お付き合い』をするならまだしも、結婚するとなったら両親はどう思うだろう。
デザイン用に情報をあれこれノートに書いていた手を一度止めて、ふっと考え込む。
もっとも、玉木君がどう考えているか本心が分からないから、勝手に両親に話すわけにもいかない。
「悩むだけ無駄ってやつだよね」
気持ちを切り替えるために上へ両手をぐっと伸ばした、その時だ。
「あれ、ピケ。どうしたの?」
飼い猫のピケが、ふんふんと私のスマホを覗き込んでいる。見ると、私の妹からLINEに着信があった。
「あっ、気が付かなかった。ありがと、ピケ」
私には二人の妹がいるけれど、そのうちの年上の方、美由紀の方からだった。かけなおすと、すぐに美由紀が電話に応える。
「……あ、ごめん美由紀。電話出られなくて」
『ううん! 大丈夫、私こそごめんねー』
「ありがとう。で、どうしたの?」
『突然で申し訳ないんだけど、今日、そっち泊ってもいい? 友達のところに泊まる予定だったんだけど、急に風邪ひいちゃったみたいでさ』
照れたような声で笑う美由紀に、私は苦笑を返しながら『もちろん』と返事をした。
それから二時間ほどして、美由紀がやって来た。
「ごめん、お姉ちゃん。ホテル探そうと思ったんだけど、流石に難しくて」
「いいよいいよ。ほらピケ、美由紀だよ」
久しぶりに会う美由紀だが、忘れてはいなかったみたい。ピケは尻尾をぶんぶんと左右に振ると、美由紀の膝めがけてごつんと額を擦り付けている。
「やだ! ピケ! 覚えててくれたのね!」
嬉しそうに抱きしめる美由紀が、私の部屋の中をぐるっと見回して、そして。少しだけ、変な顔をした。
「……どうしたの? もしかして、部屋、臭い?」
「臭いわけじゃないよ。……あのさー、お姉ちゃん、もしかして。付き合ってる人いる?」
「……ど、どの辺から、分かったの?」
美由紀は小学生の頃には彼氏がいて、それ以来、恋愛経験は姉妹の中でも一番豊富だ。もしかすると、その経験から何か悟ったのかもしれない。
「ふーん……お姉ちゃんが」
しばらく黙っていた美由紀が、突然泣き出した。
「え、何、どうしたの?」
「……お姉ちゃん、どっかいったりしないよね? 遠くいかないよね?」
お嫁さんになりに行くのを想像したら、とわんわん泣き出す妹に、何となく祝福されたような気持ちになりながら、私は微笑むのだった。