年末特有のにぎやかなCMが、お茶の間に広がる。
温かな湯気を上げる、母手作りの天ぷらや煮物。私がお土産として持ってきたお菓子が、テーブルに並んでいる。
12月30日……。
まさに年の瀬の、一家団欒の時間だ。
「潰しが効かない職なんかついて、どうするつもりなの?」
けど、そう言った叔母と、対面に座って言葉を受け止める私の間には、雪が降りしきる外の気温よりも寒々しい何かが広がっていた。
「この後10年も、同じ職を続けていけるつもりでいるの?」
手厳しい叔母の言い方に、私はすぐに言葉を返せなかった。
私……優美は、東京でWebデザイナーとして、フリーで働いている。そのことを叔母も知っている。
でも今まで、こんな風に強く話しかけられたことはなかった。
母の姉である叔母は結婚しているけど、数年前に夫を亡くし、それ以来年末は我が家で過ごしていた。
「……分からないわ」
やっとのことで返すと、ふん、と鼻で笑われる。
「分からないって、ずいぶん気楽なことね!」
「気楽になんて考えてない」
叔母の真意は分からないけど……少し、ムッとした。
「分からないって言ったのはね。人気の高いデザインも毎月のように変動があるの。自分に必要な技術を身に着けていくうちに、Webデザイナーの経験を生かして別の仕事に就く可能性も考えているから、10年後も今と同じとは思っていないってことよ」
私がそう言い切ると、叔母は……何といえばいいんだろう。
うまく言葉が見つからない様子で、黙り込んでしまった。
===
本当は1月3日までこっちにいるつもりだった。でも、叔母が今日みたいにきついことを言うとしたら、母や妹、父にも迷惑だ。
「お姉ちゃん、本当に今のうちに行くの?」
心配そうに言う妹の前で、私は荷物をまとめ終えた。
翌日の12月31日。
大急ぎで取った東京行きの新幹線のチケットをスマホで確認しながら、私は微笑みかける。
「ううん、いいの。叔母さんだってせっかくのお正月で、おばあちゃんと一緒に過ごせる機会でしょ? 私は時間ができたらまた来れるから」
私はボストンバッグを持ち上げ、妹に手を振った。
何か言いたそうにしていたが、妹は笑顔を浮かべなおして、手を振り返してくれた。
駅までは、歩いて15分くらいかかる。少し速足で歩きだそうとした、その時。
「優美!」
名前を呼ばれて、びっくりしながら振り返る。追いかけてきたのは、父だった。
「良かった、間に合った……」
「お父さん、どうして」
ろくに防寒着も着ていない様子に、思わず自分がまいていたマフラーをかけると、父がふわりと笑う。
「いや、すまない。……咲子さん、ええと、叔母さんのことを思って、お前、これから帰ろうと思ったんだろう?」
「……事実だから」
私がそっぽを向きそうになった時、父が言う。
「……咲子さんもな、昔、お前みたいにフリーランスで働いてたんだ」
「えっ?」
思いもよらない叔母の過去に、私は顔を上げた。
「和裁……着物を縫う仕事をしていて、自宅で仕事を受けてたそうだ」
「知らなかった……」
「でも、着物の需要はどんどん減って、咲子さんは仕事を辞めざるをえなくなった」
叔母が自分のように苦労することを、心配していた……。
父はそう伝えたいのだろうか。
「でもな。咲子さん、本当は和裁の仕事を続けたかったって、そう言ってたよ」
「それなら」
「けれど、続ける勇気が持てなかったって」
苦笑交じりに、父は言う。
「だからお前に、強く嫉妬したんだろう。本当は年末年始、このまま過ごしたかったけど……お前が嫌な思いをする方が、父さんや母さんは心配だ。東京の家の方、頼んだぞ」
ぽんぽんっと背を叩かれて、私はふっと笑った。
父がこんな言い方をしてくれるなんて、思ってもみなかった。
……フリーランスになった時、父から貰ったのは小言ばかりだったもの。
でも今は、こんな風に、背中を押してくれる。
「ありがとう、お父さん」
そう言って、駅に向かって私は歩き出す。
ちなみに……うっかりマフラーを父に巻いたままだったと気づいたのは、東京に帰ってからだった。