フリーランスでWEBデザイナーをしている私、優美には家族がいる。
「ピケ―、ピケ。朝ごはんだよ」
ピケは、茶色と白と黒が綺麗に分かれた、三毛猫の雌だ。
もともと家族で飼っていたけど、父親が退職前の最後の転勤で大阪に引っ越すことになり、心配した母とまだ高校生の末の妹は、そちらへついていくことになった。
大学生の真ん中の妹は元々、大阪の大学に通っていたから、今ではそちらで家族みんなで暮らしている。
でも住むことになった社宅はペット禁止。私はそのころ、ちょうどフリーランスとして生きていく気持ちを固めたところだったから、ピケを引き取った。
みゃんみゃん、と鳴きながらご飯を食べるピケに、ニヤニヤしながら写真を撮る。
最初のころは、こうやってご飯も食べてくれなかった。
(私は実家で暮らしてたけど……世話なんて、全然しなかったもんねぇ)
ピケを一番可愛がっていたのは両親で、だからこそ、ピケは急に私と二人で暮らすことになって、とても驚いたんだろう。
最初の2ヶ月くらい、私は触らせてさえもらえず、つねに警戒されていた。いつも家にいるけど近づいてこなかった存在、そんなのが、突然世話をしてくるんだから、ピケだって驚いたと思う。
それが少しずつ心を許してくれて……今では作業の合間の時間を癒してくれる、大事な存在だ。
「あっ、先輩からメール来てる……えーと」
ピケがご飯を食べ終えて、フローリングの床をストスト歩いていく音がする。
先輩とは、かつて勤めていたWEB会社の先輩で、篠田さんという男性だ。丸っこい顔の食いしん坊な人だったのに、ダイエットに成功してすれ違っても分からないほど激変していた。
そのせいで驚いた私と、気が付かなくて嬉しかった篠田先輩は、最近になって連絡を取り合うようになっていた。
なんと、新しく仕事をちょこちょこ回してくれるようになったのだ!
(人の縁って、やっぱり大事よね!)
私が頷きながらパソコンに向かって、メールの内容と、手元のスケジュール帳の予定を合わせていると、足首にピケがくるんとしがみついてくる。
遊んで、と催促しているらしい。
「ちょっと待ってー、えーっとねー」
メール内容を必死になって読み返しながら、ピケのために足を揺らす。ピケはそれを追いかけて、抱き着いたり、飛びついたり、抱え込んで後ろ足でキックしたり、大騒ぎだ。
「ピケったらもー、けりけり止めてー」
そんなことを言いながら、メールを返信する。
「えっと、じゃあ次は、こっちの仕上げを済ませて……」
今日の予定を組み上げていた、その時だ。
篠田先輩からすぐに、メールが届いた。
「あれ? ……あっ」
返信されたメールにはたった一言。
『俺はけりけりしてないよ』
と、書いてある。慌てて、先ほど送ったメールの内容を確認すると、一番最後に『けりけりしないで』と突然打ち込んであった。先輩から来たメールの件名が猫の顔文字になっているし、ピケにかまっていて『けりけりしないで』と打ち込んだのが、完璧にバレている。
「は、恥ずかしい……」
思いもよらぬ失敗をしながら、私の1日は始まるのだった。