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てくてくフリーランス優美(第10話)

てくてくフリーランス優美

 にゃーん。

「……ごめんね、ぴけ。お腹すいてるよね」

 体を持ち上げようとして、失敗して、布団に倒れこむ。

 頭がくらくらする。
 眠くて、体が重い。
 どうしよう。

「風邪だぁ……」

 私は優美。
 いつもは、フリーランスのWEBデザイナーとして、家で一人で働いている。
 だから気を抜いて、インフルエンザの予防接種を受けなかった。

 そしたら。

 ちょっと外で買い物をした帰りに、なんだか熱っぽくなった。
 たぶん「気のせい」と無理して仕事したら……このありさま。

「どうしよう」

 だるさと気持ち悪さに、不安なことしか考えていない。
 こんな状況で頼ってもいい人が、ぱっと思い当たらなかった。

 家族は、父親の単身赴任のため、大阪にいる。

 今、家にいるのは、私と猫のピケだけだ。

「ううっ……せめて、ぴけに、ごはんを……」

 床をずりずりと移動して、ピケの食事を準備する。
 キャットフードを開けて、水も用意した。
 ピケがすぐに飛びついて、ご飯を食べだす。

「ごめんね。……だめだ……体が痛い……」

 ギリギリ立ち上がれから、水を飲んで少しだけ落ち着けた。

「こういう時、1人だと落ち込んじゃうなぁ」

 わたしも、大学4年生の頃は彼氏がいた。
 日野君という人で、学際のノリで付き合うことになった人だった。
 就職先も決まったし、卒業論文も終わって、特に不安もない時期にふと気が向いて付き合った。

 でもそれきりで、自然消滅。

 今はどうしているかは、よく知らない。

「……家が近い友達がいたら、いいのかなぁ」

 最近は友達とも、あんまり遊んでいなかった。
 それにみんな、それぞれ家庭を持っている人も多いから、頼るなんてできそうにない。

「どうしよう」

 その時だ。

 突然、スマホから大音量で電話の着信音が流れた。
 そういえば、取引先との連絡でミスをしたときから、大事な連絡先は音量を上げておくように設定していたんだっけ。

「は、はい、もしもし!」

 できるだけ喉を整えて、電話に出る。

『……先輩、大丈夫ですか?』
「あ、あれ。玉口くん?」
『いえ、その。今日、ゼミで一緒だった先輩たちとの飲み会の日ですよ! 待ち合わせのとこに先輩来ないんで、電話したんです』
「……ああ~っ!」

 思わず大きな声を出してしまい、咳き込む。

『先輩、もしかして……風邪ですか?』
「うっ……うん、ごめんね。ついさっき目が覚めて」
『分かりました。他の方には僕が説明しておくので、先輩はちゃんと寝てくださいね』
「ごめんなさい……」

 体調管理できてないなんて、社会人失格だ。
 目が潤んだ、その時だった。

『自分のことを大事にしてね!』
「……え?」

 電話の向こうから、懐かしい声があふれた。
 ゼミで一緒だった、みんなの声だ。

『そうだぞー、優美ちゃん! 玉口がめちゃくちゃ落ち込んでるから!』
『ちょ、木本先輩!?』
『気にしちゃだめだよ! 風邪ひいたからって、優美ちゃんの体の方が大事なんだから』
『優美ー、ちゃんと寝ろよー』
『今回は残念ってことで! また連絡するね!』

 声が出ない。
 言葉にならない。

 よかったって、思ってしまう。

「……ありがとう、玉口君」
『いいですよ。……じゃあ、今度、ご飯一緒に行きましょう。それでチャラです!』
「うん、いく」
『ありがとうございます!!』

 ずびっと鼻をすすって、私は電話を切った。
 ちゃんと治そう。防災用に買っておいたペットボトルをずりずりと引きずって手元に置いておきながら、私はそう決意したのだった。

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